小川泰平、取調べの可視化について物申す!

「取調べの可視化」に関して、私、小川泰平の考えを述べさせていただきます。
「取調べの可視化」に関しては賛否両論色々な意見があろうかと思います。

私自身の考えですが、基本的には可視化に賛成です。

取調べの可視化に関してのメリット・デメリットですが、一般論から申し上げます。

メリットは当然のことですが、冤罪の防止につながると思います。

自白の強要、取調べの誘導、暴力はもちろん、暴言の防止等々にもつながると思います。
公判(裁判)でよくあることですが、供述調書に、こう書いている。そんなことは言っていない。等々で
よく水掛け論になることがありますが、このようなことは簡単に防ぐことが出来ると思います。

デメリットとしては、取調べの可視化で用いられる「ビデオ録画」に関してです。

「編集なし」のビデオ録画を検証する時間をどのようにして作るのか?
取調べのすべてを録画するとなると、1つの事件でも相当な時間になります。
莫大な量のビデオ録画をどのように保管管理するのか?
と、いったようなことが一般的には考えられます。

我々内部の人間にとっては(私は既に退職していますが)メリットよりデメリットの方が多く語られています。

○暴力団が関わっている事件、外国人犯罪、薬物や銃器事犯、等々つまり組織的な犯罪の場合、
可視化することによって話せない(供述出来ない)部分が出てくるのではないかと危惧しています。
共犯事件も同様だと思います。

○取調べというのは、取調べの前に「言いたくないことは言わなくてもいい」と告げてから取調べを
おこなうわけで容疑を否認している被疑者に対して、どこまで厳しい取調べが出来るのかが疑問であり、
なまっちょろい取調べになるのではないか?と危惧しています。

○取調べ官がちょっと大きな声を出し怒鳴っただけで、自白の強要だとか、脅迫だと言われれば
現場の警察官は躊躇、萎縮してしまい本来の取調べが出来なくなるのではないか?
実際に取調べが不適切と判断されれば、処分を受けることになります。首にならないまでも、
その刑事は一生日の目を見ることはないと思います。

等々の数をあげればキリがないほど色々とあるわけです。

私個人的には、検挙率、検挙の数が著しく落ちると思っています。

今までなら物証がなくても、任同(任意同行)かけて落としちゃえよ!的な事件が現場では数多くあります。
現場では毎日毎日、数多くの多種多様な犯罪が発生しています。
1つ1つ捜査本部事件のように多数の捜査員を動員して捜査をすることは不可能です。
事件の中には被害者や参考人の話しだけで容疑者を任同して取調べを行うこともあるわけです。
実際の現場では物証がなくても、取調べて、落として、供述を得て、その供述の中で物証を得る。
という捜査手法も数多く用いられています。

それが、可視化の足枷によって、厳しい取調べが出来ないということで、勝負(任同して取調べる)すること
自体を避けるのではないかと思っています。

全ての事件で物証を確保してから被疑者を取り調べるとなると、相当な時間を要し到底現在の警察官の数では無理です。

事件には、殺人事件のような捜査本部事件もあれば、空き巣に入られたという窃盗事件もあるわけです。

泥棒事件でも何百件も犯行を犯した窃盗事件なら別ですが、普通に発生している単発の窃盗事件に対して何人もの捜査員を
投入すること自体が不可能な話なのです。そのようなことで検挙の数が減り検挙率も低下するのではないかと思っています。

その他には、取調べの録画をすることにより、警察の捜査手法を晒さなければならない場面が出てくるのではないかと
思います。そのことにより今後の捜査に支障をきたす恐れがあるのではないかと思っています。

被害者や関係者への配慮も必要になります。

強姦事件や痴漢事件の場合、被疑者から相当リアルに供述を得ます。
そのへんのエロ小説よりよっぽどリアルです。
可視化によって、この取調べの実態が出ることにより被害者の二次被害も考えられます。

「取調べ」というものは事情聴取ではありません。

供述拒否権を認められている被疑者から事件の真実を聞きだすわけです。
中には最初から、「知らない」「やっていない」と否認している被疑者も多数いるのです。

そのような者に対して、
「○○さんを殺したのはあなたですか?」
「泥棒に入ったのは間違いありませんか?」
なんて、お見合いじゃあるまいし、そんな取調べでホシが落ちるとは思いません。
時には、「ふざけるな!」「何言っているんだ、本当のことを言え!」
と大きな声で怒鳴ることもあります。

その大きな声で怒鳴ることを、自白の強要だとか、脅迫といわれたのでは取調べは出来ませんし、
喋りたいと思っている被疑者も喋らないと思います。

私が「取調べの可視化」に賛成しているのには、このように取調室で、刑事と被疑者の戦い、
被疑者の自分自身との葛藤を可視化によって実際に見て頂きたいのです。

裁判官はもちろんですが、裁判員制度で指定された裁判員の方々にも、実際の取調べの様子を見て頂きたいと思っています。

大きな声で怒鳴ることが、必ずしも脅迫だとは思っていません。

取調べの過程で、怒鳴ることもあります。
私の場合は、現職時、ありました。
ですが、否認をしている被疑者が「落ちる」時というのは、刑事が大声で怒鳴った時ではありません。
往々にして淡々と諭している時に落ちるものです。
実際の取調べというのは、怒鳴ったり諭したりと、刑事と被疑者の中で色々なやり取りがあるのです。

そのやり取りを見て頂ければ、それだけで本当の被疑者であるか違うのかが分かるといっても過言ではないと思います。
被疑者が本当の真実を話し「落ちた」後は別人のように顔が変わりますし、そのやり取り「落ちた」瞬間を見れば、
裁判官も裁判員も弁護士も納得することでしょう。

可視化に関して、簡単にYes Noは難しいと思います。

ですが、古い事件であろうとも実際に無罪事件が出ているのも事実です。
無罪事件に関係した方には、どんな謝罪をしても償えるものではないと思っています。
勾留いっぱいの20日間くらいならまだしも(それでも大変ですが)何年も刑務所に入っていた方に、
はい、無罪です。では絶対に済まされないのです。
当時の刑事、検察官、裁判官が全員がん首揃って頭を下げただけでは済まされないのです。
では、当時の刑事、検察官、裁判官が間違えたのだから、同じ年数だけ刑務所に入ればいいのか?
などとバカ発想が浮かびますが、そのような法律もありませんし、実際問題としては無理なことです。

可視化に関してはまだまだルールの整備が必要だと思います。

暴力団や、外国人犯罪の組織犯罪の場合、可視化はどのようにするのか?
必要がある場合、どこまで可視化の録画を公開するのか?
最初から(弁解録取時から)認めている者に関しても録画をするのか?
被疑者が録画を拒否した場合はどのようにするのか?

等々数多くのハードルを越える必要があろうかと思います。

また、私が申している、ある程度大声で怒鳴った場合はどうなのか?
怒鳴れば全てが脅迫なのか?
どこまでなら許容範囲なのか?
「取調べの可視化」を推奨(取調べの全過程録画)している日弁連の考えはどうなのかも、気になります。

現在も取調べの可視化ということで、一部の警察署で一部の事件に関しては一部録画がされています。
と、いっても一部の録画にしかすぎません。(供述調書の読み聞かせの部分だけです。)

私としては、被害者や被害者の遺族(殺人事件の場合)に対してその取調べの録画を見せても
捜査員として恥ずかしくない取調べをやってもらいたいと思っています。

殺人事件にしても、単なる泥棒事件にしても、痴漢事件にしても、その犯人に対して
被害者や被害者の家族、遺族が仕返しをすることは当然ですが許されません。
捜査官は、被害者になり代わり、なにがあろうとも「落とす」ことに全力を注ぎます。
そして、法に乗っ取って処罰を受けてもらうのです。

ちょっと例えが悪いですがお許し下さい。

あなたに、彼女か妹さんがいると仮定して下さい
私と同年代の方なら、娘さんがいると仮定して下さい。

その女性が電車の中で痴漢の被害に遭いました。

内容を聞くと、それは酷いもので性器の中まで指を入れられたという痴漢の被害でした。
電車の中では捕まえることが出来ず、電車から降りて駅員に届けて捕まえてもらったとしましょう。
その被疑者は「知らない」「やっていない」と容疑を否認しています。

被疑者の取調べも被害者の聴取も同じ刑事課の中で行われています。
容疑者は取調室の中ですから、声は聞こえても顔は見えません。

そんな時、取調室の中から「あなた、本当はやったんじゃないんですか?」等と生やさしい声しか聞こえず、
容疑者が否認しているから逮捕は出来ないんです。捜査はやりますが事後捜査になります。
と、警察から説明を受けたとしたらどうですか?

そんな警察いりませんよね。

痴漢なんて逮捕されたとしても刑務所に行くことは常習者でもない限りありません。
常習者といっても毎日痴漢をしている者ではなく何度も警察に逮捕された前科がある場合です。

被害者の彼氏であったり、父親であれば、絶対に許すことは出来ない気持ちであると思います。
被疑者が入っている目の前の取調室に飛び込んで被疑者を一発や二発ぶん殴ってやりたい気持ちだと思います。

被害者や被害者の家族等の心情を察するに余りあります。

話は可視化からちょっと逸れてしまいましたが、取調べは被害者の代弁者としての機能もあると思っています。

私の可視化に対する考えは概ね以上です。

小川泰平

日本の安全神話は崩壊したのか?

30年の警察人生を書籍にしました。

現場刑事の掟